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映画『サイタマノラッパー』は、フリースタイルが持つ可能性を提示している。

2010年ごろに公開された映画『サイタマノラッパー』。自主制作映画ながら、インターネットの口コミや著名人のプッシュなどで次第に人気が広がり、最終的にはシリーズ化するまでにいたった作品である。

この1作目のラストのフリースタイルシーンは、押韻やフロウといったスキル以外の可能性を提示している。

地方都市のラッパーを描いた映画

いまでこそ地方出身のラッパーは崇勲(春日部)やDOTAMA(栃木)、晋平太(狭山)など一般的となってきているが、フリースタイルが流行する前は、ラップを田舎でやってる人なんてかなり珍しい存在であった。そんな風潮なときに埼玉の深谷でラッパーを目指す若者たちの群像劇を描いた映画がサイタマノラッパーだ。

単なるギャグ映画か?

埼玉県深谷市は東京から高崎線に乗車して1時間程度で到着する。そこはなんの変哲のない、というかなにもない地方都市だ。そんな地方都市のガレージでヒップホップクルーSho-gunとして一旗揚げようとする若者たちがいた。といってもオシャレなイメージはひとつもない。ライブなどするわけでもない、したとしても公民館で開かれた町内会。



メンバーは家業の仕事(ブロッコリー農園)で集まりが悪かったり、ニートで働いていなかったり。しまいには年上のメンバーと衝突しクルーは解散。ここまで聞くと単なる田舎のラッパーを描いたギャグ映画にしか思えないだろう。

これで最後と決めていた

サイタマノラッパーは深谷出身の入江悠によって制作された自主映画である。入江悠は大学卒業後、自主映画の製作をしてきたが、芽が出ずこの映画を最後に廃業しようと決めていた。

その状況はまるで劇中のラッパーたちを鏡写しにしたようであった。しかし公開するやインターネット上の口コミで広がりロングランヒットとなったのだ。人気となった要因は映画史に残るラストシーンにあった。

映画史に残るラストシーン

クルーの一人で夢をあきらめきれなかったIKKUは、深谷で伝説となっていたtrack makerのタケダ先輩が持病で亡くなったことを聞き、最後のトラックで曲を完成させたいと思っていた。

焼肉屋でのバイト中、建設現場の仕事を始めたクルーのTOMと偶然出会い、同僚や店長のいる前で、日本一ダサいフリースタイルが始まる。

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背伸びすることをやめ、自らを曝け出すことで、HIP-HOPのスタートラインにたった田舎のラッパーたちのラストシーンは、いとうせいこうやRHYMESTER・宇多丸などから絶賛された。

伝説のタケダ先輩とは?

ちなみに映画で重要な役どころである「伝説のタケダ先輩」演じる上鈴木伯周は、このサイタマノラッパーのラップ部分の監修も行っている。というのも彼はP.O.PというHIPHOPバンドで活動しているのだ、ぜひともこの機会いチェックしてもらいたい。

上鈴木伯周の楽曲

P.O.P – Watch me

DJ TKD 辞世のラップ

伝説のタケダ先輩のスピンオフソングも発売されておりこれもかなりの名曲である。

つまり知ったかぶりと自称音楽好きを滅多切りにしたい
と思う僕は既にふくれあがった溺死体
期待に添えない 時代に乗れない もう何も見えない
頭煮詰まり もう馬の耳に念仏ならぬ豚の耳にトンコツでできた僕が
世界の中心からズレたところでHIPHOPを叫ぼう
MUSICシーンはずれても断るGIVE UPと絶望

まとめ

この映画は昨今流行の兆しをみせるフリースタイルに新たな見方を提示している。スキルや押韻などの技術的な部分が注目されることが多いフリースタイルだが、自らの内面を曝け出す表現こそが人の心を動かすことをこの映画を示している。

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大きな製作費はいらない。
だって映画は3人でもスタートできるから。
もっと日本語ラップの面白さに光を。
くすぶる人にも光を。

引用:http://sr-movie.jugem.jp/?eid=288

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